2010-07-01から1ヶ月間の記事一覧
これは、奇妙な行動と言っては、たいたいにとても失礼になるのかもしれませんが、生まれた時から、今の今まで、食にまつわるエピソードは後を絶ちません。 挙げたら切りがないし、今、覚えていることがすべてでもありませんが、印象的だった事件??出来事を…
自閉症に限らず、知的な障害を伴う子は、本当に素朴でかわいい。(かなりの親ばかである)というととても聞こえがいいが、我が子の場合ほとんど本能で生きていると言っても、過言ではない。 人間の本能といえば、第一に「食欲」。これに関しては、あまりにも…
たいたいはイベントに弱い。中学生の今となっては、ようやく運動会も落ち着いてみていられるようになったので、イベントには弱かったと言ったほうがよいかもしれない。 多くの自閉症の子供たちがそうであるように、いつもと違った環境への適応がどうやら難し…
中学生になって、ますますたくましくなったたいたいと、もう若くはないけど、まだまだ元気のママはこれから、いろんなところへ旅します。 電車、飛行機、新幹線、船などたいたいの大好きな乗り物にたくさん乗って、きれいな海や景色をたくさん観て、いろんな…
ようやくここ3,4、年、ママの寿命が縮まる思いはなくなったけど、初めの何回かは、心臓がとまりそうでした。最初は、電車で出かけようと、駅のトイレにいったときでした。しばらく次の電車が来ないことを確認して、すぐだからと私ひとりで入ってしまった…
たいたいの行動は、ものごころつかないうちから、周囲からみると、奇妙というか、どうにも理解しがたい行動ばかりでした。 今となっては、もうすっかりたいたい免疫がつき、笑い話しにしてしまいますが。 当初は、そのひとつひとつの、普通では到底しないよ…
たいたいの小学校6年間は、本当に多くの人に助けられ、支えられた。 養護学校の先生は、なんでも相談に乗ってくれ、どの先生もとても親身に関わってくれた。 その親切さに甘んじて、私は担任がかわっても、以前の担任の先生にいろいろな相談もさせてもらい、…
たいたいの小学校時代を支えた、大きな存在としてきらら以外に忘れてはならないのがYさんの存在である。 実はYさんとは縁あって、その後も付き合うことになり、現在、私とともに同じ福祉作業所兼障害児支援でかかわっている。 このことは、後述することと…
{選択} いよいよ小学校。 たいたいの学校選びは、近所の小学校の特別学級のするか、養護学校(今の特別支援学校)にするかの選択だった。 入学の数カ月前、近所の小学校の教頭先生から、お話をいただく機会があり、夫婦で聴きに行った。 教頭先生のお子さ…
ある日、保育士さんから呼ばれ「お母さん、卒園遠足なんですけど、お母さんも一緒についてきてくれませんか」と。 たいちゃんの場合、お母さん一緒でないと、卒園遠足に連れて行けません」 それは、かわいそう。はいはい。ついていきますよ。ところで、保護…
保育園最終年の最大のイベント。発表会。 毎年、発表会はあるが、年々、高度な内容になっていく。 どんなことをやっていたかは覚えていないが、舞台にちゃんと立っていられるか。 走り出したり、大パニックになったりしないかだけが心配でいつも、ハラハラし…
たいたいが、周りの子と違うと感じたのは、やはり集団生活である保育園。 いつもひとり、部屋の隅っこの方で、みんなと違った行動をとっていた。 だからといって、とりわけ、集中できるものがあるわけではなく、しいて言えば絵本。 それも、決まったもので、…
たいたいは1歳になる前の10カ月の時から、市の保育園に通っていた。 もちろんそのころは、少しは行動がかわっていたものの、自閉症という確実なものは まだなかったので、単純に私が仕事をしていたという理由で普通の保育園にした。 今の不二学園に入るのと…
突然の夫の死をきっかけに、たいたいはわずか12歳で親元を離れ生活することになりました。 日中は、学校。放課後もレスパイト。平日は帰ってご飯食べて、お風呂に入って寝るだけ。 といっても、毎日顔が見えないということは、かなり違う生活。 始めのころは…